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地方都市のための検索サイト、地域再発見の旅 鹿児島県 南さつま市 ローカルサーチ。
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<地方都市の概要>
南さつま市 (みなみさつまし)は、鹿児島県薩摩半島西岸に位置する市。

太平洋戦争末期には、最後の特攻隊の出撃地、万世飛行場が吹上浜にあった。
薩摩半島の南西端に位置し、東シナ海に面する。
本土から西の東シナ海沖合には宇治群島や草垣群島がある。

【1市4町が合併して誕生】
05年11月7日、加世田市・笠沙町・大浦町・坊津町・金峰町の1市4町が合併し誕生。
南側、西側は東シナ海に面しリアス式海岸や吹上浜砂丘など変化に富んだ海岸線を有しており、
吹上浜の「サンドシティ」や自転車のまちづくりの「サイクルシティ」として知られる。
また「薩摩の論語」といわれる「日新公いろは歌」でも有名。

【“いのち”おやす】
自然・人・文化・産業など新市を支える様々な地域資源を「いのち」と総称し、
「おやす」(この地域を含む鹿児島の方言で、「育む」という意味)
をキーワードとして、まちづくりの基本理念とする。

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■日新公いろは歌■
島津忠良は,明応元年(1492)に薩摩半島伊作で生まれ,1527年に出家して日新斎と名乗る。
1540年加世田に移り住み,のちに薩摩藩郷中教育の基本書となる「いろは歌」や
戦国時代の武士たちを弔うための六地蔵塔などを残し,永 (1568)に77歳で没する。

日新公は文武、神,儒、仏三教をきわめ、善政をひいた「薩摩の聖君」と呼ばれる。
中でも「いろは歌」は天文8年から14年ごろの作で、藩政時代から薩摩武士、士道教化、師弟教育の教典となった。
今の時代にも通じる多くの教えを含んでいる。
■歌■
いにしえの道を聞きても唱えても 我が行いにせずばかいなし

■大意■
昔の賢者の立派な教えや学問も口に唱えるだけで、実行しなければ役に立たない。 実践実行がもっとも大事である。
この歌は薩摩藩教学の金科玉条となったもので、47の代表名歌である。

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